栗崎城②

本丸周辺

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本丸の南側に虎口があり南帯曲輪へ通じています。
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南側は西先端部から①の記事にある登ってきた大手尾根に下りる虎口が
あります。
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帯曲輪の東側に回ってきて本丸を見ると帯曲輪はもう一段下についています。
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縄張り図は、東曲輪を描いていませんが現地に立つと東曲輪はあります。
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この写真は必ず拡大して見てもらいたいのですが、奥に見える本丸と
空堀を間に足元には東曲輪への虎口があります。
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東曲輪に登ってきました。
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東曲輪の西側を見ています。
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東曲輪の東側を見ています。
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東曲輪の東にある堀切。これほど明瞭に東曲輪の遺構が残っているのに
縄張り図に描かなかった山崎氏の考えがわかりません。
いずれにしても全透院には武田菱が家紋として掲げられ、武田氏の支配が
及んでいたことがわかります。

次回浅香入城





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  • 箕輪初心●群馬倉渕『栗崎城=三ノ倉城』

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