三島根小屋城②

本丸をめざします。

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南尾根を登っていくと第一堀切が見えてきます。
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第二堀切
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第三堀切、結構急斜面です。この上にも第四、第五堀切があって
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尾根の中間点に比較的大きな腰曲輪があります。
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大きな腰曲輪から尾根の景色が変わり岩が多くなってきて、さらに急斜面と
なってきます。
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堀切も十数段あります。
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行く手を阻むように岩が迫り出しています。この上が
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三の曲輪
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二の曲輪
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本丸、径20mくらいの楕円形です。
本日はここまで








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この記事へのコメント

富澤豊前守
2011年06月24日 22:03
 ついにわが領地の近くの三島根小屋城も「富岡武蔵」さんに攻略されてしまいました。この城の城主は三島浦野氏で、手子丸城主の大戸浦野氏の同族で有り、滋野一族です。ここで興味深い風習を紹介致します。吾妻川を挟んで北側が斉藤氏の一族の領地、南側が滋野一族の領地です。最近ではあまり作らないのですが、お祝い事などの時このへんでは五目飯を作りますが、私の住んでいる方、つまり岩下の方は五目飯を作るときに酢飯にします。しかし、三島側だと酢を入れません。出身支族が違うとこういうことも変わってくるのかと、思います。不思議な物だと思います。
富岡武蔵
2011年06月24日 22:39
今晩は、富岡は仮の名で本名は横尾です。ブログを読まれておられると思いますが、信州真田町に横尾城があり、横尾采女守信光という人が先祖です。
去年、東信史学会の主催で横尾氏の講座が開かれ参加いたしましたが、その講座の講師であった堀内泰先生のお世話で横尾氏系図をいただくことができました。その系図によりますと、平家忠度の子、忠氏が横尾氏の先祖に当たり、母は菅家道真公十一代の後胤美作国菅家江見治郎行基女也。とあります。『群馬県古城塁祉の研究 下巻』に山崎氏は三島根小屋城は、はじめ
江見氏の城で、江見山城守のときに斉藤憲広に城を奪われ信濃に走って武田信玄に属した。その後、浦野下野守が入った。と記述しています。
 この江見氏はひょっとしますと、忠氏の縁となした江見氏ではないでしょうか?

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